モバイルネットワークの保守運用の基礎

O-RANやSliceの管理によって、最近モバイルネットワークの保守運用が脚光を浴びるようになってきた。しかし、運用方法や保守系装置は“オペレータやベンダ毎に異なる領域“というイメージであり、なかなかまとまったドキュメントや資料が見つからない。

保守運用の基本

これまでネットワークの保守運用のデファクトや標準仕様と言えばTM ForumのeTOM程度しか無かったと思う。eTOMや各種標準化機能やOpen Sourceを踏まえると、大きく以下のような考え方がありそうだ。

  • 保守運用のプロセス
    • strategy: 新サービス導入やユーザの利用状況を踏まえた設備計画
      • 保守運用の観点から見るとfulfillmentのInput情報
    • fulfilment(fulfillment):設備計画に基づいたネットワーク装置(NF)や、それらを接続するネットワーク(NW)の設計・工事
    • assurance:運用しているNFやサービスの監視や復旧、更新作業
      • 4Gまでの保守運用というと、assuranceを指すことが
    • billing:利用状況に基づいた課金
      • 保守運用の観点から見ると運用結果のOutput
  • 保守運用レイヤ
    • Business Management System (BMS): 顧客の契約情報を管理
      • 一般的にBusiness Support System (BSS)を利用
    • Service Management System (SMS): 提供サービスの管理運用
    • Network Management System (NMS): (サービスを実現する)NFの接続性の管理運用
      • 4GまでのOperation Support System (OSS)と言うとNMSのことを指すことが多かったようだ
    • Element Management System (EMS): NF自体の管理運用
      • NFのFCAPSと言えば、EMSのことを指すことが多い

一般的にネットワークの保守運用というと、EMSまたはNMSのレイヤのfulfilment+assuranceを指すことが多いように感じる。しかしながら、システムによる実装と人手での運用という観点では、4GまではEMSのassuranceまでを実装し、残りは手作業ということも多かったようだ。規模が大きな企業では、NMSやSMSの一部を取り入れてOSSを導入している企業もあるようだ。また、当然ネットワーク利用料の請求のために、BMSのbillingはシステム化されているようだ。特に誤課金はユーザの信頼や自事業の存続にも影響を与えるため、しっかりシステムを作り込んでいるようだ。

なお、5G以降については、「Sliceを管理するために必要な管理機能部」でも記載している通り、標準仕様的にはNMSのfulfilmentをOSSとして実装することを軸に、NMSやEMSのassuranceも対応するようなシステム化のトレンドになっているように見える。

各国の法規制

保守運用を難解にしている理由の一つは、各国の法制度だろう。当然各サービスプロバイダー(特にモバイルネットワークのみの場合はネットワークオペレータやキャリアと呼ばれたりする)はその国の法規制に従った運用が義務付けられる。そのため、各保守運用プロセスにおいてどんな業務フローにするか、どんな点を重点的にシステム化するかは各国の法規制に依存するところが大きいだろう。少し古いがJIPdecの『世界の情報通信の現状』が興味深い。

日本

日本では、サービスプロバイダーは電気通信事業法に遵守する必要があり、そこには様々な規制が記載されている。保守運用観点での一番の基準は総務省が規定している“重大な事故の報告“が基準となっている。日本の場合、3万人の音声ユーザに1時間以上サービス影響を与えるとサービスプロバイダーは総務省へ重大な事故として報告義務があるため、EMSやOSSではassuranceの監視制御部分に力を入れているように見える。また、日本のネットワークの品質が良い代わりに高コスト体制と言われている理由も、この法規制によってサービスプロバイダーが監視制御に力を入れているからだろう。

アメリカ

総務省の『アメリカ合衆国通信』によると、アメリカの特徴は規制緩和とCATVとの融合のようだ。基本的には市場での競争に任せる方向で規制緩和をしているため、アンチトラスト法や電波オークション、サービスプロバイダー間の相互接続条件のような適切な競争環境を維持するような法規制が重要視されている。一方で、日本のような障害時の法規制はあまり見受けられないので、日本のような監視はしていないように思われる。

また、その他の特徴としては、米国愛国者法や国防法にあるようなテロや戦争対策のための、行政によるLawful intercept(合法的通信傍受)や大統領権限による通信サービス停止だろう。米国愛国者法の監視条項はプライバシーの保護等と論争があったようでLawful interceptが現状有効なのかどうか分からないが、ETSI NFV SEC004という標準仕様は存在するようだ。

ヨーロッパ

ヨーロッパの特徴も規制緩和とCATVとの融合があるが、もう一つ大きい点は『世界の情報通信の現状』でもある通り、ネットワーク機器の共用化だろう。特にEUは、イギリス、フランス、ドイツと設立背景が異なるサービスプロバイダーが競争環境にあるため、ネットワーク機器の共用化と言っても運用方法は全く異なるようだ。そのため、障害時の法規制が少ないながらも、母体とするサービスプロバイダーによっては丁寧な監視や運用を行なっている国もあるようだ。

また、その他の特徴としては、「海外モバイルオペレータの動向〜ヨーロッパ編」でも記載した通り、自国以外(アフリカや南米などのグローバル)のモバイルを運用していることもある。国によって異なる法規制を満たしつつ運用を効率化するために、様々な工夫をしているようだ。

保守運用を実現する機能と標準化

これらの保守運用の基本と各国の法規制によって、各オペレータが各レイヤで行なっている業務が異なり、それによって監視システムとして必要となる機能は異なってくる。一般的には、FCAPS (Fault, Configuration, Accounting, Performance, Security)が基本機能と言われており、3GPP-SA5やETSI-NFVもFCAPSの考え方をベースにインタフェースを規定している。

  • Fault Management: syslog等のLog監視をベースに、一定の障害情報を見つけるとAlarmとして報告する。
  • Performance Management: vmstatや特定の信号のカウント(カウント条件は標準仕様に規定)によって、定期的に性能や負荷情報をReportとして報告する。
  • Configuration Management: NFやNW機器等の設定情報だが、各機器によって設定情報が異なるまで、これまでの標準化ではあまり仕様化はされてこなかった。
  • Accounting Management: どのユーザがどれだけ利用したか等の課金するための元情報となり、Billingとして3GPP SA5で規定されている。実際の課金方法は各サービスプロバイダーとユーザ間の契約に依存するため、保守運用におけるAccountingはユーザ毎の利用量の管理となる。
  • Security Management: IDSやIPSなどの不正侵入監視や暗号化保護等であるが、現状あまり標準化はされておらず、デファクトのSolutionを利用されることが多いように感じる。

4Gまでの標準化においては、3GPP-SA5であればNFに関するFCAPS、ETSI NFVであれば仮想リソースのFCAPSに対して、それらの各機能と、上位装置(OSS)と接続するためのインタフェースを規定してきた。

一方で、最近ではFCAPSから考え方や運用の方法が変わってきている。FCAPSはEMSの考えに基づくものなので、各NFやNW機器、仮想リソースの個々の装置を監視する考え方であった。しかしながら、それらの監視運用だけではユーザのサービスが利用できているかどうかは判断しにくくなってきた。そのため、最近ではNMSやSMSの考え方に基づき、サービスの正常性をいかに監視するかという方向になっている。SMSに基づく典型的な保守運用方法としては、Probeに基づく通信フローの監視や、統計的分析に基づくサービス利用動向の異常であろう。ETSI NFV Release4においてもENH02.03 Data flow mirroringとして標準仕様化が始まっている。

もう一つの動きとしては、Cloud Native化に伴う“壊れたら再作成“の考え方だろう。特にConfigurationについては、Provisioning+LCMとして環境依存のパラメータを与えてNFやNWを再作成することで、従来のようなNFの中のConfigurationそのものを規定するような流れではなくなってきている。こちらは、ETSI NFV GR EVE0193GPP TS 28.526などで記載が始まっている。


なかなかモバイルオペレータの保守運用の考え方についてまとまった資料が無かったため記載してみた。5Gに伴ってモバイルオペレータの運用方法も変わろうとしているようなので、保守運用の基礎を押さえながら、どのようにこれからの保守運用が変わっていくか調べていきたい。

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